仕事への考え

※個人的な思いを書いたので時間に余裕がある人だけ見てください。

 

最近今やっている仕事が大変で、自分の時間が持てないため嫌になりつつなっています。


仕事が全てじゃないと思うし、人生の中でどれだけ仕事に対して重きを置いているかによって仕事に対する熱意というのが変わってくるのかなと思っていますし、仕事の進捗具合も変わってくるのでしょう。

 

仕事歴史についてちょっと興味があるんで調べてみたところ

 

「仕事=苦役、罰」

 

という考えがちらほらみられました。

 

普通の考えだと、仕事をする=生活またはお金を貯めて何かしたい、生きるため、ご飯を食べるためと言うような考え方なのかなと言うふうに思っていますが、

自分の考えとしての仕事をする理由は、

将来の負担不安をなくす行為だろう

と思ってます。

というのもお金をそもそもお金を貯めるという行為は物を買うためであったり、ご飯を食べて良い気分になるということももちろんあると思うのですが、

1番はお金があると言うことによって

不安がなくなるんかなというふうに思います。もちろん楽しいから仕事をすると考えている人もいると思うのですが、個人的には仕事をしなくても生きていけるなら仕事はしたくないし、自分が好きなことをしていきたいと思っているのです。

 

 

そもそも7日間のうち5日間も働くという考えが、何を起源としているのか調べてみたいと思います。

 

旧約聖書で「神は6日かけて天地を創造し、7日目に休息した。」

とありまして、神が働いてるんだから人も働かないといけないよねともとれるような文言が書いてあるそうです。

 

このように「以前から」あった概念というのは、確かに与えられたものを与えられたまま何も考えない事は正直簡単というか、楽な発想に至るというふうに思ういますし、普通の生活をしていてわざわざそんなことを考えるのはなかなか疲れる作業なのかなと思います。つまり当たり前に1週間は7日で休みは2日という概念に一石を投じることがあっても良いのかなと考えています。そんなことを考えるのは暇な人だけだという人もいるかも知れませんが・・・。

 

何事もそもそも論で考える時、

例えば学校は何でいかなければいけないのかという問いに対して

「いかなければいけないからければいけない」という

答えにならない答えになってしまいます。

 

本来学校は行きたい場所であるべきですし、いかなければいけない場所じゃない場合もあるとは思いますが、人間関係が嫌とか勉強が嫌っていう理由で学校を休む自由というのはあると思います。

学校へ行かないことでその人が、その子が自分を見つめたり自分の好きなことや自分のできる長所と言うものを伸ばすことができるじゃないかなと。

 

これが自分にとっての逃げというように捉えられることもあるかもしれませんが

そう思われても自分にとって納得のいく答えであれば間違った選択などないのかなと思いました。

最近仕事の質と量があまりにも自分の能力を超えたものになっているので、そう思ったのかもしれませんが、いつか覚悟しなければいけない時があると思っています。それは遠い未来ではないのかも知れません。